2020年7月31日金曜日

本州最果ての地にて

20207月 地域医療のススメ3年目 濱近草平

青森県の北東の端っこ、東通村の診療所での研修が10ヶ月経ちました。これを書いている今日726日の最高気温は19℃、夜は寒いくらいで、冷房なんて全く不要です。四国育ちの僕には初めての、涼しい夏を過ごしています。

 東通村は下北半島の北東に位置し、津軽海峡と太平洋の両方に面しています。村の面積は前任地の奈良市とほぼ同じですが、村内に信号機は2個、コンビニは1軒しかありません。一番近い空港、新幹線の駅までどちらも車をそこそこ飛ばしても2時間弱かかります。
人口は6000人ほど、高齢化率は30%を超えています。村の大半は山林と原野で、信号もないのでドライブはめちゃくちゃ気持ちいいです。第一次産業、特に漁業が盛んで、診療所の患者さんの中にも漁師さんがたくさんいます。
 看護師さん(ご実家が漁師)からの差し入れのホタテ。

日頃の業務は毎日の外来、病棟(19床)、併設の老健の管理、訪問診療となります。冬季には各地区に出向いてインフルエンザの予防接種を行ったり、春と秋には村に各一つの小学校、こども園での内科健診を行ったりもします。
 想像していたよりかなり忙しいな、というのが最初の印象でした。今はコロナの影響で処方日数を少し伸ばしたりしたこともありやや減りましたが、1日の外来患者は70人程度、インフルエンザの時期には100人を超えます。よほどの重症で隣のむつ市の病院に搬送されない限りは、救急車もコンスタントにやってきます。村内に他に医療機関はなく、また地理的に隣町まで通院するのが困難な高齢者が多いため、文字通り、村の人々にとって頼みの綱です。病棟の業務は急性期と慢性期の両方の役割を担っており、肺炎や尿路感染症、心不全の悪化などの治療、大腿骨頸部骨折などで他院で手術を受けた方のリハビリ、そして自宅での生活が困難になった高齢者の環境調整がそれぞれ3分の1ずつといった所です。
 救急や急性期治療という点ではこの1年で自分の能力はさほど上がってはいないと思います(勉強不足のせいですが、、、)反面、これまで全くやっていなかった慢性期外来を毎日行うことで、高血圧や糖尿病、健診後の治療方針決定などをかなりのボリュームで経験することができました。また、これまではソーシャルワーカーに任せてしまっていた退院調整に深く関わり、介護保険の仕組みや老健、特養、有料老人ホームといった施設の特徴にも詳しくなることができました。
 何より財産になったのは、一人の患者さんにこれまでになかったくらい何度も何度も会えることです。訪問診療で山を走り、川を渡り、海を眺めながら美しい森を抜け、患者さんに会いに行く時、ああ、地域で働くっていうのはこういうことなんだな、と実感します。各ご家庭のワンちゃん、ネコちゃんの名前もすっかり憶えました。遠い道のりを訪問する時、この村で生きていくということは、われわれの診療所を頼りとすることなんだな、と思わずにはいられません。限られた医療資源に不満をいうのは簡単なのですが、ここで生きていく、ここで死ぬ、と決めた方々に自分ができることは、医療資源を改善することも必要ですが、それ以上に、限られた薬を上手く使い、限られた技術を磨き、村の人々が望む人生をサポートすること、それが10ヶ月をこの美しい村で過ごした僕の気持ちです。もちろんその中には高次医療機関に紹介することも含まれるので、適切な医療を適切なタイミングで提供する勘を鈍らせないようにしなければなりません。送るべきなのか、送らないべきなのか、日々悩みますが、必ずうちの診療所に帰ってこられるように環境を整えるようにしています。送りっぱなしにしないのが東通村診療所の素敵な所です。
 最後に、当所所長川原田先生に教えてもらった言葉をご紹介します。
 「地域医療に必要なのは、まず態度、次に技術、次に知識」
怠惰な僕としては、愛想よく振る舞うことに集中して勉強不足にならないように、この言葉を都合よく解釈しないように心がけています(笑)あと2ヶ月でここを離れるのが本当に寂しいですが、11日をしっかり味わいながら、残りの日々、村のみなさんのために尽くそうと思います。

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2020年7月10日金曜日

WEBで研修体感企画「研修医日記」(月間地域医学2019年4月号より)

病院見学など直接現場に出向く機会が少なくなってしまった中、少しでも研修の雰囲気を感じて貰えれば、という思いから、WEBで研修体感企画として「研修医日記」の掲載を致します。地域医療振興協会が発行する情報誌、「月刊地域医学」のバックナンバーより、不定期に投稿致します。(※掲載の情報などは当時のものとなっております)



2018年4月より「地域医療のススメ」の総合診療プログラムで研修しています,専攻医1年目の氷渡柊と申します.2018年4月 から12月まで東京北医療センター(以下,東京北)の総合診療科で, 2019年1月から3月までは東京北の小児科で研修させていただ きました.同年4月からは再び東京北の総合診療科で研修させていただく予定です. まず当院での総合診療科での研修ですが,週1回の初診・予約外来と病棟管理が業務の中心であり,それらに加えて各種カンファレンスや上級医によるレクチャー,医学論文の抄読会を毎週のルーチンとしてこなしています.当科では専攻医・あるいは初期研修医といった学年の若い医師が診療や教育の中心を担っていますが,指導医や学年が上の専攻医のバックアップ体制がしっかりしており不要なストレスを感じず自信をもって業務を行っています. また現在は少し余裕も生まれ,微力ではありますが初期研修医など後輩医師の指導に携わる機会も増えてきました.

 さてここからは現在私が関わるプロジェクトについて一部ご紹介します.専攻医として1年が経過しようとする中,東京北の総合診療科では人事の影響から来年度の大幅な診療体制の変化を余儀なくされました.この状況をわれわれは総合診療科の転換期と位置づけ,今後のさらなる診療の質の向上とスタッフ・レジデントのやりがい・満足度向上のため,組織改革を推し進めるべく日々科内でカンファレンスを重ねています.そして改革の指揮をとる指導医のもとで,私を含めた専攻医が中心となりその議論に参加しています.



 プロジェクトの方針として,まず総合診療科として自分たちが目指す総合的な方向性を共有ビジョンとして打ち出し,それを元に各論的な戦略を組み立てていきます.この方法論は組織の変化に対しての成長戦略における重要な要素で,組織が常にしなやかに前進するために世界的にも広く行われているようです. 共有ビジョンは,当科が大切にする「和気あいあい」「biomedical」「バランス」という3要素を含むものにしたいと考えました. 「和気あいあい」には働きやすさ・助け合う という意味が,「biomedical」には広義の知識と技術という意味があります.その上で東京北総合診療科の強みである患者の個別性・ 医療関係者間・患者が置かれた地域など全体でのバランス感覚を持つことを「バランス」と表 現しました.「biomedical」という肉食の部分を芯に持ちつつも,全体の「バランス」を取ることができるという草食の部分で覆い,かつ暖かくツンツンしていない「和気あいあい」感がロールキャベツという単語に比喩されるのでは,という意見がありました.これに科内全員で前向きにコンセンサスを得られ,われわれは「ロールキャベツ系総診である」という共有ビジョンが完成しました.

現在はこの共有ビジョンを元に,当科の成長戦略を議論する「学習する組織」と,対外的な マーケティング方法を模索する「ブランディング」の2グループに分かれ,各々が戦略を議論しています.東京北総合診療科の大きな転換期に組織改革の重要な役割を担うことで,自分も科の一員として活動していると改めて実感し,またそれが日々の業務に対するモチベーションにもなっています.来年度も東京北での勤務が決まり,これからも総合診療科という組織とともに自分自身もさらに高めていければよいと考えています.まだまだ至らない部分もありますが,今後ともよろしくお願い申し上げます

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2020年7月7日火曜日

WEBで研修体感企画「研修医日記」(月間地域医学2018年12月号より)

病院見学など直接現場を感じる機会が少なくなってしまった中、少しでも研修の雰囲気を感じて貰えれば、という思いから、WEBで研修体感企画として「研修医日記」の掲載を致します。地域医療振興協会が発行する情報誌、「月刊地域医学」のバックナンバーより、基本的に毎週火曜日、金曜日に掲載する予定です。
(※掲載の情報などは当時のものとなっております)


ススメ専攻医3年目になりました,吉岡です.前回から約2年の歳月が流れました.これまでをざっと振り返っておくと,2016年12月から小児科研修のため茨城県石岡市で3ヵ月過ごした後,古巣である東京北医療センター総合診療科に凱旋(?)し,その後台東病院で一般病棟・回復期病棟・療養病棟・老人保健施設と総合的に高齢者医療を学びました.
そして,これまでに経験したことのない診療科を回りたいと思い,2017年10月から意を決して東京ベイ・浦安市川医療センターへ再び乗り込み,腎臓内科→総合内科 →ICUと研修させていただきました.2018年7月からは奈良市立都祁診療所に移り,現在に至ります.
 旧都祁村にあたるこのまちは奈良県の北に位置し,『奈良のシベリア』とも言われています.実際に2月ころには雪が降り数日は積もるそうです.人口約5,500人のうち実際にかかりつけであるのは10%程度で,ふもとの天理市や隣の宇陀市といった周辺の病院に通院している患者さんも少なくありません.
一方で,例えばがんのターミナルで通院ができなくなった患者さんが在宅医療へ移行する際の受け皿という大切な役割があり,かなり頼りにされている印象です. 私が診療所で研修を行うのは後期研修医になってからは初めてのことです.日々の業務は外来と訪問診療,予防接種や乳児健診, 有料老人ホームや特別養護老人ホームへの定期診察と多岐にわたり,週に3回は17 ~ 19時までの夜間診察もあるため,意外に忙しいことに驚きました.最近は訪問件数も増えてきており,スケジュールのやりくりに苦慮しているところでもありますが,それだけニーズがあるということなのでやりがいがあります. また,直前まで東京ベイのICUにいたこともあり,180°以上真逆 のセッティングにはじめは戸惑うこともしばしばありましたし, 正直に言えば今でも慣れません.診療所にはCTやMRIはありませんし,検査技師さんもいません.血液ガス分析もできません.緊急対応が必要そうな患者さんが不意打ちで訪れたときは,最低限の採血とレントゲンとエコーを駆使して頑張るしかありません.そうしている時間さえ惜しいときもあります.家で診られるか?今からふもとの病院に自家用車で行ってもらうか?救急搬送するか? ・・・・・・病院にいたときよりもずっと,緊急性や重症度を客観的に評価することの大切さ, 難しさを今更ながら痛感しています.

セッティングの違いといえば,在宅医療においては『引き算の医療』なのかなと思うことがあります.医学的には妥当なこと,必 要な検査や治療が受けられるべき状況にあっても,本人や家族がそれらを望まない場合もあります.実際に,20年以上も頸髄症の術後後遺症に悩まされ徐々に屋内歩行もままならなくなってしまった70代男性が,1~2ヵ月の経過で食思不振と体重減少を来したため,家族から往診依頼がありました.私たちは消化管悪性腫瘍を疑い検査受診は医学的に妥当だと考えました.しかし本人はこれまでの医療不信から絶対に受診はしないという強い思いがあり, 家族と何度も話し合った末,自宅で看取るという方針に至りました.これが本当に正しいのかは分かりません.しかし,ここで私たちの意思決定を助けてくれたのは,東京ベイで日々学んでいたAdvance Care Planningをはじめとする臨床倫理の考え方でした.家族にとってはつらい選択であったかもしれません.私もとても苦しかったです.ただ,最期は自宅で穏やかに亡くなり,家族の方が「後悔はない」とお話ししてくださったのが救いでした.
これまで病院で学んできたことをどう診療所の医療に落とし込んでいくかが,今後の私の課題です. 初めての関西・奈良ライフをもっと謳歌しながら,残りの診療所研修を楽しんでいきたいと思います

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