S2の田中です。
現在は揖斐郡北西部地域医療センター(久瀬診療所)で研修しています。
久瀬診療所には「むちゃぶり実習」というお家芸があります。研修医や学生を患者宅に「おきざり(数時間〜半日滞在させる)」にしたり「お泊り(一泊させる)」させることで、患者さんやご家族の思い・関係性・背景を理解し、より近づいてもらおうという試みです。かつて中国の活動家 James Yen は "Go to the People" といいましたが、まさにそんな実習です。最初はビックリしましたが、案外患者さんのほうが慣れており喜んでくださいます。
今回は1つ、最近のエピソードを紹介します。
105歳で慢性心不全のあるおばあちゃんに重度の貧血がみつかりました。「もう歳やから…」と、精査はしませんでした。心不全は当然悪化し、動けず食事もとれなくなり、意識が混濁してきました。往診時は撓骨動脈が触れず、あと数時間かな、どうしようかなと思っていたところ…
「そんなら学生さんを置いてけばいいんじゃないですか?」
と、同行した看護師から一言。僕はその提案に躊躇することなく賛成しました。
僕は研修医のとき『地域包括ケアセンター いぶき』で地域研修をして、在宅での看取りを経験しました。患者さんが亡くなったその瞬間、最後に大きく一呼吸をした瞬間は今でも記憶に鮮明に残っています。その経験が家庭医への道へと、僕の背中を押してくれました。
後々振り返りをしていて気づいたのですが、心のどこかで僕は、そんな経験を後輩や学生にも届けたい、プロデュースしたいと思っていたんですね。だから躊躇なく賛成できたんだと思います。こうした「むちゃぶり」を許容する久瀬の文化・土壌が、僕を後押ししてくれました。
こうして学生を「おきざり」にしたわけですが、他の患者さんを往診している間に何度か電話がかかってきました。「呼吸が弱くなっているんですけど…」「脈が触れにくくなってるんですけど…」天寿を全うしようとしている患者さんを目の前に、初めて経験する死を目の前にさぞ不安だったと思います。
でも、ここで僕が出ていってはいけないんです。
医者である僕がしゃしゃり出てしまうと、この経験が台無しになってしまいます。
患者さんは数時間後に亡くなりました。他の患者さんの往診を終えたあとに、学生、そして近所に住む方々が見守る中でお看取りをさせていただきました。大往生でした。
実習最終日に「まだうまくまとまってないんですけど…」と涙をこぼしながら発表する学生の姿をみて、これでよかったんだと思いました。今回のエピソードは事前に計画されたものではありませんでしたが、これを続け、広めていくことが大事だということは僕にとって確信になりました。
こうしたむちゃぶりの伝道師に、私もなりたい。
そう思った1日でした。
1 コメント:
研修おつかれさまです。元気に頑張っていらっしゃるようでなによりです。
ある方の人生のお終いに、「おきざり」ほど濃厚に関わる機会は、働き出してからもほとんどありません。
「おきざり」未経験の私が言うのも、大変おこがましいですが、その学生さんにとっては非常に有意義な時間になったと思います。
しぶや
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